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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)239号 判決

アメリカ合衆国

ニュージャージ州 08540 プリンストン インデペンデンス・ウエイ 2

原告

アールシーエー トムソン ライセンシング コーポレイシヨン

代表者

デニス エイチ アールベツク

訴訟代理人弁理士

田中浩

荘司正明

木村正俊

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

臼田保伸

奥村寿一

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和53年審判第8145号事件について、平成元年6月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文第1、2項同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯等

訴外アールシーエーコーポレーシヨンは、1973年9月4日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和49年8月30日、名称を「映像表示装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和49年特許願第100493号)が、昭和53年1月30日に拒絶査定を受けたので、同年5月29日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、これを同年審判第8145号事件として審理したうえ、昭和61年4月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月26日上記訴外人に送達されたが、この審決は、東京高等裁判所が同裁判所昭和61年(行ケ)第239号事件につき昭和63年1月28日に言い渡した判決で取り消され、この判決は確定した。

原告は、本願発明につき特許を受ける権利を上記訴外人から譲り受け、昭和63年10月20日その旨を特許庁長官に届け出た。

特許庁は、上記審判事件につき更に審理したうえ、平成元年6月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月7日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は特開昭48-46266号公報(以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例発明1」という。)及び米国特許第3544354号明細書(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとし、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1、2の記載内容、本願発明と引用例発明1との一致点・相違点の各認定は認める。

審決の上記相違点についての検討のうち、相違点〈1〉、〈2〉に関する判断(審決書7頁18~11頁12行)は全部認める。同〈3〉に関する認定判断については、「少なくとも90%」との数値限定に臨界的意義を認めえない旨の部分(同12頁6~10行、12頁17行~13頁6行)及び本願発明と引用例発明1とでそれぞれの蛍光体粒子の奏する作用効果に格別の差異はない旨の部分(同13頁10~15行)を争い、その余の部分は認める。

審決は、相違点〈3〉に関する検討において、本願発明の構成要件の一つである発光出力を「少なくとも90%」と限定したことの有する意義を誤解し、その結果、本願発明は引用例1、2に記載された技術に基づき当業者が容易に発明することができたとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、「発光出力を「少なくとも90%」と限定したことによって、・・・本願発明の目的乃至技術的課題とした比較的明るい雰囲気中で最適の明るさとコントラストを持った表示像を得るための改良が、実際の装置の測定結果として、数値的にどのような形態で臨界的に現われるのか、本願発明の明細中には何ら開示するところがない」(審決書11頁17行~12頁5行)ことを根拠に、「上記本願発明の数値限定は、その根拠が明らかでなく、単に発光出力の損失についての望ましい希望的条件を限定したとしか解しようがない。したがって、かかる限定には臨界的意義を認めることができない。」(同12頁6~10行)と判断したが、誤りである。

2  本願発明の目的は、審決も認めるとおり、明るくコントラストの良い表示像を得ること、換言すれば、輝度すなわち発光出力の損失を抑えつつ輝度コントラスト性能を改善することにある。

上記表示像の輝度の適否は、人の視覚(眼)、すなわち明るさに対する視感度により判断される。この判断は、輝度の高低により決まるところが大きいとはいえ、純粋に輝度の高低だけでなされるものではなく、各観察者にとって現にスクリーンに写し出される画像が日常的な感覚で見やすいか否かという形で、換言すればコントラストの適否も自然に含まれる面を持った形で行われる。このような判断は、観察者個々の主観的判断によるという意味で主観的であり、しかも、人の視感度はある明るさを境にして急激に低下あるいは上昇するものではないため、だれが試験しても特定の性質を表す数値が特定点で必ず急激な変化を示すという形の実験結果は、この判断には存在しない。したがって、審決のいう「数値的に・・・臨界的に現われる」及び「臨界的意義」が、上記のような、特定点で数値的に急激な変化を示すことを意味するなら、本願発明の「少なくとも90%」にはそのような臨界的意義はない。

しかし、本願発明の「少なくとも90%」との数値(以下「本件数値」という。)は、根拠なくただ単に発光出力の損失についての望ましい希望条件を規定したものではなく、カラーテレビジョン技術に関し長年の経験を有しかつ一般消費者のテレビジョン画像に関する好みに詳しい多数の観察者によって、特に本願発明の他の構成要件である、カラー・フィルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の層に比して、フィルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からの可視スペクトル光に対する反射率の減少の割合が可視スペクトルの特定部分の光を発するその層からの蛍光発光出力の損失率の2倍を越える値となる、との条件の下で、「この値以上は許容可能」と実験により判断された数値である。

この実験は、より具体的にいえば、例えば平均寸法が8ミクロンの赤放射蛍光体粒子と平均寸法が0.4ミクロンの赤透過フィルタ粒子とを使用して発光スクリーンを作成し、フィルタ粒子による被覆率とコントラスト及び相対輝度の関係を求め、それを基に、被覆率と発光スクリーンの輝度との適否関係を、発明者が属していた会社の研究所及びカラー映像管製造部門においてカラーテレビジョン技術に関し長年の経験を有しかつ一般消費者のテレビジョン画像に関する好みに詳しい技術者約20名により判定するという方法でなされた。この実験では、蛍光体の輝度(発光出力)は、発光スクリーンを持つ試作管を、加速電圧25キロボルト、各フィールドにつきビーム電流20マイクロアンペアで動作させてスクリーン上に描かせた10センチメートル平方の正方形ラスタからの光の強度を、スクリーン面から1.0メートルの距離に設置したホトセルで検出することにより測定した。輝度の測定単位はフートランバート/ミリアンペアである。この実験によって得られた結果は別表のとおりであり、上記約20名の技術者によって、被覆率が5.0~5.6%の蛍光体では輝度の低下は大きく感じられない一方でコントラストの向上は著しいと感じられ、被覆率が6.0、6.6及び7.6になると、コントラストは許容できるが輝度の低下が著しく画面が暗く感じられるとの判定が下され、これから、実用上良好な発光特性を持つスクリーンの相対輝度としては少なくとも90%という値が必要であるとの結論が得られた。

このように、本件数値は、観察者個々の主観的判断によるものでありかつそれを境に適否の判断が急激な変化を示すものではないとしても、それを臨界的意義あるものとするに足る実験により得られた数値、すなわち、最も関係の深いテレビジョン視聴者多数による実験に基づく適否判断の基準であるという意味で、本願発明の特許性の根拠となる限界値としての資格を十分に有する数値である。

引用例1には、色素で着色された青色蛍光体を使用して形成したスクリーン構造について輝度及び反射特性が示されている(甲第6号証10枚目左下欄)。それによれば、色素非使用のものに比べて、輝度(発光出力)の損失率は16%で反射率の低下は39%であり、その点では本願発明における「反射率の減少の割合が発光出力の損失率の2倍を越える値」という条件を満たしているが、発光出力の損失率が16%である点で、「発光出力の少なくとも90%」という条件を満たしていない。そのため、上記の観察者の視覚的判定に合格しない暗い(低輝度の)映像しか得られないという欠点がある。つまり、コントラスト特性は数値の上で一応許容できるが、明るさ(輝度)が足りないという点では、本願発明のものに比べ作用効果的に大きく劣るものである。

なお、原告の発行した「RCA Engineer」1979年8/9月号(甲第9号証)に、従来技術に係る発光スクリーンの蛍光発光出力がカラー・フィルタ粒子を持たないものの発光出力の93%であるとの実験結果が記載されており、この93%という数値が本件数値の範囲に入っていることは審決認定のとおりであるが、この事実は、上記文献は本願発明の優先権主張日の約6年後である1979年8~9月に発行されたもので、その記載は本願発明の新規性及び進歩性に何の関係もないものであること、同文献の発光スクリーンは、事前顔料被着型蛍光体によるスクリーンとの比較のために作られた実験管のスクリーンであり、特に輝度コントラスト比を向上させるために混合フィルタ粒子量を少なくして発光出力を高めた例であって、発光出力の点で本件数値の条件に合致するだけで、輝度コントラスト、相互汚染(クロス・コンタミネイション)等の点で劣り、結局本願発明にはるかに劣ることなどのため、本願発明における本件数値の臨界的意義を否定する根拠にはならない。

3  上記数値が「実際の装置の測定結果として、数値的にどのような形態で臨界的に現われるのか、本願発明の明細中には何ら開示するところがない」(審決書12頁3~5行)、すなわち、上記数値を得るための具体的試験方法、試験の結果、結果としての被覆率と発光出力の有効出力率との間の数値的関係等が具体的に本願明細書に記載されていないことは審決認定のとおりであるが、これをもって本件数値の有する臨界的意義を否定する根拠とすることはできない。

なぜなら、本願明細書には、本件数値がそれにふさわしい多数の観察者の判断により決められた限界値であるとの具体的記載はないものの、その「一般的な考察」の項に「実際の装置では、光出力は同じ可視発光色の濾波されない光の少なくとも90%でなければならない。」(甲第2号証明細書12頁15~17行、甲第3号証7欄12~14行)との文言で、本件数値が絶対条件であることが明記されていて、本件数値が絶対条件であると断定する根拠となった何らかのテスト行為とその結果が存在していたことはこれにより示されており、また、このようにして得られた本件数値が臨界的意義を有することは、蛍光体の特色、特に実際にテレビジョン映像管に適用した場合に得られる映像の特性の適否判断は、測定器に頼るというよりは複数の観察者による視覚的判断に依存して行われるという当技術分野の常識をもってすれば、前記多数の観察者による個々の判断結果及びその判断結果から本件数値を限界値と決定した根拠が示されていなくとも、当業者に十分理解できるものであり、さらに、テストの方法や実施態様それ自体は発明の要旨に直接関係がなくそれにとって直接必要なのはテストの結果のみであるからである。

本件数値を実現するための構成が本願特許請求の範囲で特定されていないことも、この構成は、反射率の減少の割合と発光出力の損失率に関する「2倍」という値を得るための構成とともに、使用する蛍光体粒子とフィルタ粒子の寸法比と重量比の適切な選定の問題であること、本願明細書の記載(甲第4号証4頁5行~5頁7行、甲第5号証3頁2~末行)から理解されるように、蛍光体粒子及びフィルタ粒子の寸法と比重は、材料、製造業者、製品番号等によって異なり一定でなく、そのうえ、実際の発光スクリーンには、時と場合に応じて種々異なる蛍光体とフィルタ粒子が更に異なる組み合わせで使用されるので、上記適切な選定を単純な数値比で表現することは不可能であること、しかし、これら粒子の寸法及び寸法の分布状態と比重とは各製造業者の各製品ごとにいずれも既知のほぼ一定値に保たれているため、予め予備実験を繰り返して必要とする各組み合わせについて上記各要件に合致する寸法比及び重量比を求めておけば、実際の発光スクリーン形成に当たり容易に応用できることからすれば、本件数値に臨界的意義を認める妨げにならない。

蛍光体の発光出力の絶対値(蛍光体の種類)及び映像表示装置の使用方法・使用条件が特定されていないことも、本件数値の臨界値としての意義を否定することにはならない。

なぜなら、蛍光体に関しては発光出力の増大化などを含め発光特性の改善につき絶えず研究が続けられており、テレビジョン映像管のスクリーン用には、そのような研究の結果得られたその時点で実用の可能な最高発光出力を示すものが使用されるのが常であって、あえて過去の技術による低出力のものを使用することはありえないこと、テレビジョン観察者は一般にその時点々々において最高発光出力を示す蛍光体よりなるスクリーンのテレビ映像の明るさに満足していること、人間の眼には、明るい場所から急に暗い場所に入った際にその暗さに慣れるにつれて周囲のものが見えるようになるという日常経験からも分かるような、輝度順応性(甲第11号証130頁下から4行~131頁24行)があって、観察者が満足している映像スクリーンに使用している発光体の発光出力を最高値から徐々に低下させてもある程度までは明るさの低下が気にならないこと、及び上記明るさの低下が気にならない現象はどの時代の蛍光体についても当てはまるはずであることなどから、発光出力の絶対値を規定することには意味がなく、一般大衆がテレビジョン映像を鑑賞する環境は屋内であり、しかも個々の家庭によりあるいは商店、施設により照明条件はまちまちであること、観察者による映像の適否判断は数値的な測定ではなくて、見やすいかどうかといういわゆる感覚的な問題であること、及び臨界値の意味が上記のとおり「特性が数値的に急激な変化を示す値」でないことからすれば、映像表示装置の使用方法・使用条件という観察環境について特に規定する必要はないからである。

4  特許出願において視感的に確認した結果を限定根拠とし、したがって限定根拠を数値的に示さない特定数値を発明の構成要件とすることは、例えば特公平3-73979号公報(甲第15号証)に見られるように既に一般に認められている。すなわち同公報の特許請求の範囲第3、4、6項には「β≦6」との数値限定がある(甲第15号証2欄19行、3欄30行、4欄31行)が、その限定の根拠としては、「βは・・・その変化が水平軸上の変化より大きくても視感的な異和感は目立ちにくく、実質的にβ<6が実用的な範囲であることが確認された」(同12欄14~20行)とあるとおり、単に「視感的な異和感の目立ちやすさの存否」による旨が記載されているだけで、その存否確認に携わった人数、その結果の分析等は何も記載されておらず、この点において本願の場合と何の変わりもない。

上記公報に記載された特許請求の範囲第4項は、独立形式で記載されていて、特許法38条(昭和62年法律第27号による改正前のもの)の併合出願に関する規定を利用しなかったら独立の発明として別出願されるべき性格を持つ項すなわち必須要件項であって、実施態様項ではないから、上記「β≦6」がすべて実施態様項に規定されていることを前提とする被告の主張は失当である。また、実施態様項であっても、特許法施行規則24条の2第2号(昭和62年通商産業省令第73号による改正前のもの)の規定に従って「特許請求の範囲に記載された発明の構成に欠くことができない事項・・・を引用し、かつこれを技術的に限定して具体化することにより」記載されるべきものであって、作用効果の面から見て技術的根拠に基づいて「限定具体化」されていなければならないのは当然であり、さらに、実施態様項であっても、特許発明の技術的範囲を明確化して、権利範囲を明確化する機能を有し、かつ必須要件項としての予備的性格を有するから、その限定条件や限定根拠を必須要件項のそれより軽視してよいわけはなく、軽視してよいかのようにいう被告の主張は誤りである。

同公報の特許請求の範囲各項にシャドウマスクの材料、熱膨張率、形状、使用条件等は特定されていないことからすれば、上記数値限定はシャドウマスクの熱膨張に起因しシャドウマスクの使用材料、熱膨張率、形状、使用条件に差はないからこの数値限定の根拠は明確であるとして、上記数値限定と本件数値による数値限定とは異なるとする被告の主張が成り立たないことは明らかである。

5  以上のとおり本件数値には本願発明の特許性の根拠とするに十分な臨界的意義があるから、これを認めず上記数値限定は単に発光出力の損失についての望ましい希望的条件を限定したとしか解しえないものとした(審決書13頁1~3行)審決の認定は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定、判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

本願発明の目的が明るくコントラストの良い表示像を得ること、換言すれば、輝度すなわち発光出力の損失を抑えつつ輝度コントラスト性能を改善することにあること、表示像の輝度の適否は、多数の観察者の個々の判断を総合して決定されるものであって、その意味で主観的であり、しかも、特定点で数値的に急激な変化を示すという意味での臨界的意義を持たないことは認める。また、上記のように多数の観察者の個々の判断を総合して決定されるものであって、その意味で主観的であり、しかも、特定点で数値的に急激な変化を示すという意味での臨界的意義を持たない数値であっても、特許性の根拠としての臨界的意義が認められる場合があること、審決が挙げた原告発行文献(甲第9号証)が本願発明の新規性、進歩性の判断に関係のないものであることはあえて争わない。しかし、本願発明に特許権を付与する根拠となる臨界的意義を、本件数値に認めることはできない。

1  本件数値は観察者としてふさわしい多数の観察者の観察という実験の結果に基づくものである旨の原告主張は、原告も認めるとおり本願明細書にその記載がない以上、認めることはできない。また、仮に現実にそのような実験がなされていたたとしても、その結果が上記数値に臨界的意義を付与するに足りるものであるかどうかにつき、あるいは、発明の実施に当たっての数値範囲や具体的実施手段の裏付けにつき明細書に何らの記載もない以上、本件数値を臨界的意義のあるものとすることはできない。

本願明細書の「一般的な考察」の項中に「実際の装置では、光出力は同じ可視発光色の濾波されない光の少なくとも90%でなければならない。」(甲第2号証明細書12頁15~17行、甲第3号証7欄12~14行)との原告指摘の記載があることは認めるが、本件数値が多数の観察者の判断によって決められた限界値であることについての具体的記載が何もない以上、たとい、蛍光体の特色、特に実際にテレビジョン映像管に適用した場合に得られる映像の特性の適否判断は、測定器に頼るというよりは複数の観察者による視覚的判断に依存して行われるという、原告主張の当技術分野の常識を考慮に入れたとしても、上記程度の記載をもって本件数値が臨界的意義を持つ数値であると認める根拠とすることはできない。

また、原告は、本件数値による数値限定を実現するための構成は、使用する蛍光体粒子とフィルタ粒子の寸法比と重量比の適切な選定であって、それを単純な数量比で表現することは不可能であるというが、本願明細書には、特許請求の範囲にもそれ以外の部分にも上記選定の結果としての数値範囲の例や選定の方法の例等につき何らの記載もない以上、本件数値を実施に当たっての数値範囲や具体的実施手段の裏付けのある発明の構成要件を包括的な概念で表現したものということはできない。

2  本件数値が臨界的意義を持たないことは、本願の特許請求の範囲に蛍光体の発光出力の絶対値も映像表示装置の使用方法・使用条件すなわち観察環境も規定されていないことによっても明らかである。

蛍光体の発光出力の絶対値に差があることは明白な事実であり、また、原告のいう臨界的という意味が、要するに多数の観察者にとってこの明るさがあれば満足でありこれ以下では不満足であるということである以上、その臨界的な明るさは、他の条件を同一にした場合でも、蛍光体の発光出力の絶対値との関係で、ある蛍光体においては絶対出力の90%であっても、他の蛍光体では例えば95%、85%など他の数値となりうるわけであるから、本件数値を臨界的な値とするためには、どうしても発光出力の絶対値を規定することが必要である。ところが、本願発明においては蛍光体の発行出力の絶対値は全く規定されていないのであるから、本件数値が臨界的意義を有することはありえない。

映像表示装置の表示像にとって必要な明るさは装置の使用方法・使用条件(観察環境)によって変化するはずであるから、満足できる明るさをこれらを離れて一義的に決めることはできず、したがって、仮に蛍光体の発光出力の下限値を決めることに技術的意味があるとしても、その下限値は特定の使用方法・使用条件の下においてしか意味を持たないはずである。そうとすれば、これらにつき全く規定されていない本願発明において、下限値の議論をすることに意味を認めることはできず、したがって本件数値に臨界的意義を認めることはできない。

3  特公平3-73979号公報(甲第15号証)の発明でなされている数値限定は、実施態様項におけるものであり、必須要件項において必要な構成が記載された後に付加的に記載された限定条件であって、本願発明におけるように必須の構成要件ではないから、おのずとその技術的比重も異なり、本件数値と同列に論ずることはできない。

また、上記公報でなされている数値限定はカラー受像管のシャドウマスクの熱膨張に起因するものであり、同公報の記載(同号証5欄25行~39行)からも明らかなように、シャドウマスクは、材料が決まっているから熱膨張率もほぼ決まっており、その形状、使用条件もあまり差はないから、上記数値限定の根拠は明確であるのに対し、本願発明における蛍光体の発光出力は蛍光体毎に大きく異なり、映像表示装置の使用方法、使用条件も多様であるから、両者の数値限定を同列に論ずることはできない。

したがって、同公報で「β≦6」との数値限定が構成要件として認められていることをもって、本件数値に臨界的意義を認める根拠とする原告の主張は失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。甲第2、第4、第5号証については、いずれも原本の存在についても争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  本願発明の目的が輝度すなわち発光出力の損失を抑えつつ輝度コントラスト性能を改善することにあること、本願発明と引用例発明1とが、審決認定のとおり、相違点〈1〉~〈3〉の点で「その構成を一部異にするも、蛍光体粒子の表面をカラー・フィルタ粒子で部分的に覆うことにより、カラー・フィルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の層(スクリーン)に比して、カラー・フィルタ粒子皮覆蛍光体粒子の層(スクリーン)からの可視スペクトル光に対する反射率の減少の割合が可視スペクトルの特定部分の光(色光)を発するその層(スクリーン)からの蛍光発光出力の損失率の2倍を越えるよう構成して輝度の低下に比して反射率を大巾に減じるようにした技術思想においては、両者は相違するところがない」(審決書7頁5~16行)ことは、当事者間に争いがなく、また、相違点〈1〉、〈2〉に係る本願発明の構成が格別創意を要したものとは認められないとの審決の判断は原告の争わないところである。

2  そこで、相違点〈3〉に係る本願発明の要旨の「上記フィルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からの可視スペクトルの上記特定部分の蛍光発光出力はカラー・フィルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の蛍光発光出力の少なくとも90%である」との構成について検討する。

甲第2~5号証により認められる本願明細書によれば、上記構成は、これを相違点〈2〉に係る本願発明の要旨の用語である「発光出力の損失率」を用いれば、カラー・フィルタ粒子により被覆しない蛍光体粒子の蛍光発光出力を100%とした場合、カラー・フィルタ粒子により被覆したことによる蛍光発光出力の損失率が10%未満であると表現できることは明らかである。そして、この構成につき、これを実現するための具体的構成が本願特許請求の範囲において特定されていないことは、当事者間に争いがない。

この事実からすると、この相違点〈3〉に係る構成は、相違点〈2〉に係る構成について審決が述べるところ(審決書10頁8~16行)と同様に、「蛍光体粒子とカラー・フィルタ粒子の寸法比、重量比についての具体的な数値、または、数値範囲そのものについての限定ではなく、完成品である発光スクリーンの特性についての限定」にすぎないことが明らかである。すなわち、この相違点〈3〉に係る構成は、その表面を部分的にカラー・フィルタ粒子で被覆した蛍光体粒子よりなる発光スクリーンのうち、輝度すなわち発光出力の損失を抑えつつ輝度コントラスト性能を改善するという本願発明の目的に沿う適切な輝度の表示像をもたらす発光スクリーンは、相違点〈2〉に係る構成が規定する「反射率の減少の割合が発光出力の損失率の2倍を越える値」を満たすものの中で、発光出力の損失率が10%未満のものであるとし、これをもって本願発明の範囲に属するものとし、損失率が10%以上のものは、この目的に沿わないものとして本願発明の範囲から排除する選別の基準を示したものと認められる。このことは、本件数値が観察者多数の個々の判断を総合して得られた表示像の輝度の許容限度であること、すなわち、多数の観察者にとってこの明るさがあれば満足でありこれ以下では不満足である点の数値を示したものであるという原告の主張に照らしても裏付けられるところである。

一方、引用例1に、蛍光体粒子を光学的に不連続なカラー・フィルタ成分でコーティングして、カラー・フィルタを設けたことによる輝度(発光出力)の損失率が16%のものが示されているものの、これより低い損失率のものは示されていないことは当事者間に争いがないが、甲第6号証により認められる引用例1の記載、特に、その実施例につき説明する「第2図の配置によつて生ずる非常に特別な利点は、輝度を改良するには反射特性を実質的に犠牲にすることが必要であると考えられるのに反し、反射特性をそのままにあるいは改善さえしてブラツクマトリツクス受像管の輝度をさらに増加させることができる点である」との記載から明らかなように、引用例発明1の目的もまた、本願発明と同じく、輝度すなわち発光出力の損失を抑えつつ輝度コントラスト性能を改善するという目的を有するものであることが認められ、これによれば、引用例1に接した当業者が、上記目的に照らし、蛍光体粒子の表面を光学的に不連続なフィルタ成分でコーティングすることによる反射率の減少の割合が蛍光発光出力の損失率の2倍を越えるという条件を維持しつつ、発光出力の損失率をより少なくし、たとえば、これを10%未満とするように希望することは当然のことと認められる。

以上の事実によれば、当業者が、引用例1に基づき、相違点〈3〉に係る本願発明の構成すなわち発光出力を「少なくとも90%」(発光出力の損失率を10%未満)とすることに想到することは、容易にできたことと認められる。

3  原告は、この数値(本件数値)が臨界的意義を有する旨主張する。

しかし、上記のとおり、本件数値は、蛍光体粒子とカラー・フィルタ粒子の寸法比、重量比についての具体的な数値、又は、数値範囲そのものについての限定ではなく、完成品である発光スクリーンの特性についての限定であって、完成品である発光スクリーンについて表示像の輝度の適切なものを示す条件として規定されたものにすぎず、しかも、原告の自認するとおり、表示像の輝度の適否は、多数の観察者の個々の判断を総合して決定されるものであり、特定点で数値的に急激な変化を示すという意味での臨界的意義を持たないものである以上、本件数値は、審決の述べるとおり、「単に発光出力の損失についての望ましい希望的条件を限定したとしか解しようがない」ものであり、作用効果からみても、引用例発明1から予測できない作用効果を奏するものといえないことは明らかであるから、これをもって、本願発明に特許性を付与するに足りる臨界的意義を持つものということはできない。

原告は、本件数値は、観察者個々の主観的判断によるものであり、かつ、それを境に適否の判断が急激な変化を示すものではないとしても、それを臨界的意義あるものとするに足りる実験により得られた数値、すなわち、最も関係の深いテレビジョン視聴者多数による実験に基づく適否判断の基準であるという意味で、本願発明の特許性の根拠となる限界値としての資格を十分に有する数値である旨主張する。

しかし、映像の特性の適否判断は、測定器に頼るというよりは複数の観察者による視覚的判断に依存して行われることが当技術分野の常識であることは原告の自認するところであるから、この技術常識に従い、複数の観察者による視覚的判断を実験により求め、この結果から表示像の輝度の適切な数値を決定することは、当業者が格別の創意工夫なくして行えることというほかはない。したがって、このような実験に基づくことを理由に、本件数値が本願発明の特許性の根拠となる限界値としての資格があるとする原告の主張は、およそ理由がない。

その他原告が本件数値に臨界的意義があるとして主張するところを検討しても、被告の反論に徴し、上記判断を覆すに足りるものということはできない。

4  以上のとおりであるから、審決が、相違点〈3〉につき、本件数値で規定する条件を「発明を構成する必須の構成要件として限定することにより特許しうるに足る発明としての構成を具備するに至ったとは到底認めることができない。(審決書13頁3~6行)と判断したことは相当であり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

別表

〈省略〉

昭和53年審判第8145号

審決

アメリカ合衆国 ニユージヤージ州08540 プリンストン インデペンデンス・ウエイ 2

請求人 アールシーエー ライセンシング コーポレーシヨン

兵庫県神戸市中央区雲井通7丁日1番1号 神戸新聞会館内 清水・田中・荘司特許事務所

代理人弁理士 清水哲

兵庫県神戸市中央区雲井通7丁目1番1号 神戸新聞会館内 滴水・田中・荘司特許事務所

代理人弁理士 田中浩

兵庫県神戸市中央区雲井通7丁目1番1号 神戸新聞会館内 清水・田中・荘司特許事務所

代理人弁理士 荘司正明

昭和49年 特許願第100493号「映像表示装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和57年7月19日出願公告、特公昭57-33660)についてされた昭和61年4月30日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消(の判決(昭和61年(行ケ)第237号、昭和63年1月28日判決言渡)があったので、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和49年8月30日(優先権主張、1973年9月4日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、平成1年2月16日付けの特許法第64条第1項の規定による手続補正により補正された明細書と図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの「(1)発光スクリーンと、この発光スクリーンの領域を選択的に付勢して発光させるための手段とを有し、上記発光スクリーンは付勢されると可視スペクトルの特定部分の光を放射するフィルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からなり、上記フィルタ粒子被覆蛍光体粒子は、蛍光体粒子の表面にカラー・フィルタ粒子の被覆処理によって可視スペクトルの特定部分の光を透過させるカラー・フィルタ粒子が被着されてなり、上記カラー・フィルタ粒子は上記蛍光体粒子の表面を部分的に覆っており、また上記蛍光体粒子およびカラー・フィルタ粒子は、カラー・フィルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の層に比して、上記フィルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からの可視スペクトル光に対する反射率の減少の割合が可視スペクトルの上記特定部分の光を発するその層からの蛍光発光出力の損失率の2倍を越える値となるような寸法比と重量比とを有しており、さらに上記フィルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からの可視スペクトルの上記特定部分の蛍光発光出力はカラー・フィルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の蛍光発光出力の少なくとも90%である、映像表示装置」にあるものと認める。

これに対して、当審において、昭和63年8月1日付けで通知した拒絶の理由に引用した特開昭48-46266号公報(以下「第1引用例」という。)には、シャドウマスク型3色受像管用映像スクリーンにおいて、蛍光体から発せられる色の光に対しては透過的であるような光学的に不連続なフィルタ成分で蛍光体粒子をコーティングしたものを用いて輝度の低下に比して反射率を大巾に減ずるようにしたものが記載されており、さらに、かかるスクリーン構造の製造にあっては、光学的に不連続なフィルタ成分は、蛍光体粒子へのコーティングで設けられること、光学的に不連続なフイルタ成分は、赤、青、緑色いずれの蛍光体に設けても良いこと、種々の構成成分は先行技術において知られた工程で形成されることができ、スクリーン製造上光学的に不連続なフイルタ成分は単に蛍光体スラリーの変更だけで組入れられること、および、利点として、輝度を改良するには反射特性を実質的に犠性にすることが必要であると考えられるのに反し、反射特性をそのままあるいは改善さえしてブラックマトリックス受像管の輝度をさらに増加させることができる点にあり、一具体例の測定結果として、光学的に不連続なフイルタ成分を使用していない同様な蛍光体粒子のスクリーンに対する光学的に不連続なフイルタ成分を使用した蛍光体粒子のスクリーンの輝度の損失率に較べて、反射率の減少の割合は2倍を越えること、が記載されている。そして、同じく当審における拒絶の理由で引用した、上記第1引用例に記載の発明の出願人と同一人の出願に係る米国特許第3544354号明細書(以下「第2引用例」という。)には、カラー受像管のスクリーン形成に用いる蛍光体組成物を製造する方法において、ある量の蛍光体粒子と、ある量の蛍光体粒子に比して非常に小さい顔料の粒子とを、蛍光体粒子および顔料粒子が溶解しない中性液体中に懸濁させ、水酸化アルミニウムを含有する塩基性溶液と、塩化アルミニウムを含有する塩溶液とを加えて混合攪拌し、接着剤として機能する無機質ゲルを生成して蛍光体粒子と顔料粒子を被覆し、両者を結合して蛍光体粒子の表面に顔料粒子を予じめ被着する被覆処理工程が開示されており、さらに、その際蛍光体粒子は互いに接着し、塊になろうとするものと考えられ、最終的な蛍光体組成物に達するために、蛍光体組成物を165メツシュのふるいにかけることにより、そのような塊を分解することが望ましいことも記載されている。

そこで、本願の発明と、上記第1引用例に記載のものとを比較してみると、〈1〉本願の発明では、フイルタ粒子で部分的に被覆される蛍光体粒子は、蛍光体粒子の表面にカラー・フイルタ粒子の被覆処理によって可視スペクトルの特定部分の光を透過させるカラー・フイルタ粒子が被着されてなるのに対し、上記第1引用例に記載のものでは、光学的に不連続なフイルタ成分は、蛍光体粒子へのコーティングで設けられている点、〈2〉本願の発明では、蛍光体粒子およびカラー・フイルタ粒子は、カラー・フイルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の層に比して、フイルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からの可視スペクトル光に対する反射率の減少の割合が可視スペクトルの特定部分の光を発するその層からの蛍光発光出力の損失率の2倍を越える値となるような寸法比と重量比とを有する旨限定されているのに対し、上記第1引用例に記載のものでは、蛍光体粒子とカラー・フイルタ成分の寸法比と重量比についての記載はない点、および、〈3〉本願の発明では、フイルタ粒子被覆蛍光体粒子の層からの可視スペクトルの特定部分の蛍光発光出力は、カラー・フイルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の蛍光発光出力の少なくとも90%である旨限定されているのに対し、上記第1引用例に記載のものでは、色素非使用のスクリーンに対する色素使用のスクリーンの輝度が84%のものが示されてはいるが、それが少なくとも90%でなければならない旨の限定は特に認められない、点で両者はその構成を一部異にするも、蛍光体粒子の表面をカラー・フイルタ粒子で部分的に覆うことにより、カラー・フイルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の層(スクリーン)に比して、カラー・フイルタ粒子被覆蛍光体粒子の層(スクリーン)からの可視スペクトル光に対する反射率の減少の割合が可視スペクトルの特定部分の光(色光)を発するその層(スクリーン)からの蛍光発光出力の損失率の2倍を越えるよう構成して輝度の低下に比して反射率を大巾に減じるようにした技術思想においては、両者は相違するところがない。

よって、上記相違点について仔細に検討するに、上記第1引用例に記載のものにあって、光学的に不連続な色フイルターは蛍光体粒子のコーテイングによって設けられること、および、種々の構成成分は先行技術において知られた工程で形成されることが明記されており、一方、上記第1引用例の先行技術である第2引用例には、カラー受像管のスクリーンの形成に先立って予じめ蛍光体粒子の表面に被覆処理によってカラー・フイルタ粒子を被着せしめる技術が開示されていることを勘案すると、上記第1引用例に記載の色フイルタで蛍光体粒子を光学的に不連続にコーティングする工程として、上記第2引用例に記載の先行技術を採用することは、当業者において容易になし得ることができるものというべきである。ところで、基体(平面又は粒状)の表面にコロイド状粒子の薄層を形成する方法であって、本願発明の明細書中で、調整されたフイルタ粒子を蛍光体粒子の表面上に被着させる実用的な過程が示されているとして引用された米国特許第3275466号明細書には、大粒の蛍光体粒子の表面に発光色光を異にする微細な蛍光体粒子の連続層を積層して形成する例は示されてはいるが、請求人が意見書において、第2引用例には全く示されいないと主張する「カラー・フイルタ粒子で蛍光体粒子の表面を部分的に覆う」構成は、同本願発明の明細書中で引用された文献中にも何ら開示かなく、しかも、カラー・フイルタ粒子の被着について何ら開示のないかかる従来技術であっても、本願発明のカラー・フイルタ粒子で部分的に被覆した蛍光体粒子を調製する実用的な工程であると認識され、本願発明の明細書中に例示きれている経緯を踏まえると、ある量の蛍光体粒子の表面にある量のカラー・フイルタ粒子を予じめ被覆処理によって被着させる技術である上記第2引用例に記載の被覆処理工程が、上記第1引用例に記載の蛍光体粒子を色フイルタで不連続にコーティングする工程として採用しえない謂れはなく、その採用は、単に使用するカラー・フイルタ粒子の量を調整することにより容易であると認められるから、上記相違点〈1〉の本願発明の構成に格別創意を要したとは認めることができない。次いで、上記相違点〈2〉において、本願発明の明細書中には、蛍光体粒子、カラー・フイルタ粒子には、各種の寸法のものが混在しているので、所望範囲の被覆度を得るための各粒子の重量比は、異なる寸法の粒子の混在状況によって種々変化するが、要は、フイルタ粒子を設けることによる反射率の減少の割合が、同じ可視スペクトルの蛍光発光出力の損失率の少なくとも2倍を越えるように蛍光体粒子とフイルタ粒子の寸法比、重量比が定められておれば良い、とあることからみると、上記相違点〈2〉の本願発明の構成は、蛍光体粒子とカラー・フイルタ粒子の寸法比、重量比についての具体的な数値、または、数値範囲そのものについての限定ではなく、完成品である発光スクリーンの特性についての限定、すなわち、蛍光体粒子の表面にカラー・フイルタ粒子を部分的に設けることによる反射率の減少の割合が同じ可視スペクトルの蛍光発光出力の損失率の2倍を越えるようにした点に実質的に意義があるものと解さざるをえない。しかして、上記第1引用例には、蛍光体粒子を光学的に不連続な色フイルタ、すなわち、カラー・フイルタで部分的にコーティングして、カラー・フイルタを設けたことによる反射率の減少の割合が蛍光発光出力の損失率の2倍を越えるようにしたものが既に示されており、かかる蛍光体粒子をカラー・フイルタで部分的にコーティングした蛍光体粒子を得るにあたって、蛍光体粒子に対するカラー・フイルタ粒子の被着についての技術的課題を解決した第2引用例に記載の被覆処理技術を採用することに何ら困難性はなく、またその採用の際には、蛍光体粒子とカラー・フイルタ粒子とは必然的にある選ばれた寸法比と重量比を有するものとせざるをえないことは明らかであって、上記相違点〈2〉の本願発明の構成にも格別創意を要したとは認めることができない。そして、上記相違点〈3〉の本願発明の数値限定に対応する本願発明の明細書中の記載は、単に、実際の装置では、光出力は同じ可視発光色の炉波されない光の少なくとも90%でなければならない、とあるのみで、発光出力を「少なくとも90%」と限定したことによって、例えば、蛍光体粒子とカラー・フイルタ粒子とを混合して形成した発光スクリーン等の従来技術に比して、本願発明の目的乃至技術的課題とした比較的明るい雰囲気中で最適の明るさとコントラストを持った表示像を得るための改良が、実際の装置の測定結果として、数値的にどのような形態で臨界的に現われるのか、本願発明の明細中には何ら開示するところがないことから、上記本願発明の数値限定は、その根拠が明らかでなく、単に発光出力の損失についての望ましい希望的条件を限定したとしか解しようがない。したがって、かかる限定には臨界的意義を認めることができない。ちなみに、審理の過程において請求人が提出した、本願発明の出願人(請求人)の発行に係る文献に記載の実験結果によれば、請求人がカラー・フイルタ粒子で蛍光体粒子の表面が全面的に被覆されていると主張する従来技術に係る発光スクリーンの蛍光発光出力は、カラー・フイルタ粒子を持たない同様な蛍光体粒子の蛍光発光出力の93%であることが示されており、請求人自身の実験結果からみても、上記数値限定「少なくとも90%」に臨界的な意義を認め得ないことは明らかである。したがって、上記相違点〈3〉の本願発明の数値限定は、単に発光出力の損失についての望ましい希望的条件を限定したとしか解し得ず、かかる希望的条件を発明を構成する必須の構成要件として限定することにより特許しうるに足る発明としての構成を具備するに至ったとは到底認めることができない。そして、本願発明と上記第1引用例に記載のものとは、蛍光体粒子をカラー・フイルタ粒子によって部分的に被覆し発光出力の低下を少くする技術思想を同じくしている以上、本願発明のカラー・フイルタ粒子によって部分的に被覆された蛍光体粒子の奏する作用効果と、上記第1引用例に記載の光学的に不連続なフイルタ成分でコーティングした蛍光体粒子の奏する作用効果との間に格別作用効果上の差異はないものといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、結局本願の発明は、上記第1引用例および第2引用例に記載された技術に基づいて容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成1年6月22日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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